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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)5762号 判決 1970年2月27日

原告 安来広一破産管財人 吉永多賀誠

被告 榊原八千代 外三名

主文

一、原告に対し、榊原義郎から相続した財産の限度において、被告榊原八千代は金二六一、六六六円六六銭に対する、その余の各被告は、それぞれ金一七四、四四四円四四銭に対する昭和三九年七月三日以降支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

二、原告の被告榊原八千代に対する金一、五九五、〇〇〇円および内金二二三、〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日以降年五分の割合による金員の支払請求、その余の被告らに対する各金一、〇六三、三三三円三三銭および各内金一四八、六六六円六六銭に対する昭和三〇年三月二五日以降年五分の割合による金員の支払請求は、これを却下する。

三、原告その余の請求は棄却する。

四、訴訟費用は原告の負担とする。

五、この判決は原告勝訴の部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は「一、原告に対し被告榊原八千代は金一、五九五、〇〇〇円その他の被告らは各金一、〇六三、三三三円三三銭およびいずれもこれに対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、被相続人榊原義郎の相続財産の限度にかかわらず支払え。二、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行宣言を求めた。

被告ら訴訟代理人は、「一、原告の請求を棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、当事者の主張

原告訴訟代理人の陳述

(請求原因)

一、安来広一は、昭和三一年五月二二日東京地方裁判所において破産宣告を受け(同庁同年(ワ)第三六九号破産申立事件)、原告は同日破産管財人に選任された。

二、安来は、昭和三〇年一月二一日、被告らの被相続人榊原義郎(以下義郎という)の安来に対する元本金二、〇〇〇、〇〇〇円、弁済期同年二月二〇日、利息年一割五分、期限後の損害金日歩八銭二厘の債権を担保するため、別紙目録<省略>記載(一)の安来所有の建物(以下本件建物という。)につき抵当権を設定し、同時に右債務を期限に弁済しないときは義郎が一方的意思表示によりその弁済に代えて本件建物所有権を取得しうる旨の代物弁済の予約を締結した。しかし、安来は、右契約当時本件建物以外にみるべき資産を有せず、右契約はいずれも破産債権者を害することを知つてされたものであるから、原告は、昭和三三年五月二二日、東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第五、八六七号建物所有権取得登記抹消等請求事件の口頭弁論期日において、破産法第七二条一号に基づき、安来と義郎間の前記各契約を破産財団のため否認した。

三、しかし、義郎は、本件建物につきすでに昭和三〇年三月中代物弁済完結の意思表示をしてその所有権を取得し、その後同建物は、否認の原因を知らない竹林為助に譲渡され、同月二五日竹林のため所有権取得登記が経由された。

四、義郎は、前記否認権行使の効果として、本件建物を破産財団に復帰させるべきであるところ、同建物は上記の転得者の所有に帰したから、義郎は、原告に対し、本件建物の返還に代わる価額の償還として、前記否認権行使当時における本件建物の時価相当額金四、七八五、〇〇〇円の支払義務を負うに至つた。

五、義郎は、昭和三二年九月一八日死亡し、妻の被告榊原八千代は九分の三の、子のその余の被告らは各九分の二の各法定相続分の割合により義郎の権利義務を承継したから、右時価相当額中金一、五九五、〇〇〇円は被告榊原八千代が、各金一、〇六三、三三三円三三銭はその余の各被告らがそれぞれ原告に支払うべき義務がある。

六、よつて原告は、被告らに対し、それぞれ右各金員およびこれに対する本件建物につき竹林のための前記所有権取得登記がされ、同建物の返還が不能となつた昭和三〇年三月二五日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(本案前の抗弁に対する答弁)

一、本案前の抗弁一の事実は認める。同二、三の主張は争う。

二、前訴の第一、二審判決は、いずれも被告らがした限定承認が有効であることを前提とするものであるが、被告らは昭和三三年一二月九日東京家庭裁判所に限定承認の申述(同裁判所昭和三三年(家)第一三九〇六号)をするにあたり、その相続財産中別紙目録記載(二)、(三)、(四)の各財産を隠匿し、悪意でこれを裁判所に提出した財産目録中に記載しなかつたから、民法第九二一条により右限定承認は無効であり、被告らは、単純承認をしたとみなされる。したがつて、被告らは、その相続財産の限度にかかわらず、前訴の一、二審判決が認容した金六六九、〇〇〇円と金四、一一六、〇〇〇円との計金四、七八五、〇〇〇円をその相続分に応じて支払うべき義務があり、原告には本訴追行の利益がある。

(本案の抗弁に対する答弁、再抗弁)

一、原告は、前訴の第一審口頭弁論期日(昭和三二年五月二二日)において否認権を行使したことは、さきに述べたとおりであるから、時効の抗弁は失当である。

二、限定承認に関する事実関係は認めるが、被告らが単純承認をしたとみなされることは、上記のとおりである。

三、権利濫用の抗弁は、争う。

被告ら訴訟代理人の陳述

(本案前の抗弁)

一、原告は、さきに本件被告らの被相続人義郎の相続財産管理人榊原八千代を相手方とする東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第五、八六七号建物所有権取得登記抹消等請求事件において、本訴請求原因一、二、三と同一の主張として、右相続財産管理人に対し、本件建物の返還に代わる価格の償還として金四、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみまでの年五分の遅延損害金の支払を請求したところ、同裁判所は昭和三五年四月二三日、義郎の相続人ら(本件被告ら)が限定承認をした旨の相手方の抗弁を容れたうえ、原告の請求の一部を認容して、「被告八千代は原告に対し金六六九、〇〇〇円およびこれに対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を義郎の相続財産の限度で支払え。原告のその余の請求を棄却する。」旨の判決を言渡した。

原告は、右判決に対し控訴を提起し(東京高等裁判所昭和三五年(ネ)第一、〇八九号)、本件建物時価相当額が金一一、一九二、八〇〇円であるとして、前記相続財産管理人が原判決認容の金六六九、〇〇〇円のほかさらに差額金一〇、五二三、八〇〇円の支払義務があると主張し、請求を拡張して「前記相続財産管理人は原告に対し金一〇、五二三、八〇〇円を被相続人義郎の相続財産の限度で支払え。」との判決を求めた。

これに対し、東京高等裁判所は、原告の否認権行使当時における本件建物の時価を金四、七八五、〇〇〇円と認定し、これから原判決認容の金六六九、〇〇〇円を控除した額につき原告の請求を認容し、昭和三九年二月二九日、「(一)原判決中、義郎の相続財産の限度で金三、三三一、〇〇〇円の支払を求める請求を棄却した部分を取消す。(二)被控訴人榊原八千代は控訴人に対し、金四、一一六、〇〇〇円を右相続財産の限度において支払え。(三)控訴人の当審で拡張したその余の部分の請求を棄却する。」との判決を言渡した。

右第二審判決に対しては、当事者双方から上告の提起があつたが(最高裁判所昭和三九年(オ)第八八〇号、第八八一号)、昭和四二年六月二二日いずれも上告棄却の判決の言渡があり、前記判決は確定した。

二、原告が本訴で主張する否認権行使による本件建物価額の償還および遅延損害金の請求につき、償還金四、七八五、〇〇〇円および内金六六九、〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を相続財産の限度で支払うべきことを義郎の相続財産管理人に命じた前訴の確定判決があることは、上記により明らかである。本訴償還金請求は、義郎の相続人たる被告らに対し、前訴で確定した本件建物価額の償還請求権につき重ねて判決を求めるものであつて、「相続財産の限度で」という責任財産の限定はないが、限定承認は、請求権自体に影響をもたらすものでないから、本訴は前訴とその訴訟物を一つにするものであり、したがつてこれを許すべきではない。また、本訴請求中償還金四、七八五、〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める部分も、原告は前訴第二審で遅延損害金の請求をしなかつたから、これは請求の一部放棄とみるべきであり、本訴で改めて請求することは、請求の放棄について生じた既判力にふれるものである。かりに右が請求の一部放棄でなく、訴の一部取下であるとしても、本案判決後の訴の取下であるから、再訴は許されない。

三、かりに被告らに原告主張の限定承認無効事由があつたとしても、被告らが限定承認の申述をしたのは昭和三三年一二月九日(受理は同月一六日)であり、前訴の第二審口頭弁論終結時は昭和三九年一月一八日であるところ、原告は前訴で右限定承認の無効を主張しなかつた。したがつて、原告主張の事由は、前訴判決の既判力によりその提出が許されず。再訴の利益はない。

(請求原因に対する答弁)

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二の事実のうち、原告主張の日に安来と義郎との間に、その主張のとおりの各契約が締結され、原告がその主張のとおり右各契約につき破産財団のため否認したことは認めるが、その余は争う。

三、同三の事実中、本件建物につき原告主張の日、その主張の登記がされたことは認めるが、その余は争う。

四、同五の事実中、義郎が原告主張の日に死亡したことおよび被告らの相続関係は認めるが、その余は争う。

(抗弁)

一、時効の抗弁

安来が破産宣告を受けたのが昭和三一年五月二二日であるところ、原告は本訴提起の昭和三九年六月二三日まで否認権を行使したことがないから、右否認権は、時効により消滅した。

二、限定承認の抗弁

かりに被告らが原告主張の金員支払義務を負うとしても、被告らは、昭和三三年一二月九日東京家庭裁判所に限定承認の申述をし、同月一六日その受理がされたから、被告らは、義郎の相続財産の限度で支払義務を負うにすぎない。

三、権利濫用の抗弁

被告らは、破産者安来と一面識もなく、また義郎が本件建物につき原告主張の契約をしたことは、義郎死亡後本訴において初めて知つた。かような事情のもとでは、かりに原告主張の否認の原因があつたとしも、被告らの個人財産についてまでその責任を追及することは許されないものというべきであり、本訴は、否認権行使の範囲を越えた権利の濫用であるから、許されない。

(再抗弁に対する答弁)

被告らが昭和三三年一二月九日限定承認の申述をするにあたり、原告主張の相続財産をその主張の財産目録中に記載しなかつたことは認めるが、それは、単なる記載もれにすぎず、財産を隠匿した事実や悪意で記載しなかつた事実はない。

第三、証拠関係<省略>

理由

本訴請求は、原告が義郎の相続人たる被告らに対し、否認権の行使を理由として、本件建物の返還に代わる価額の償還および右償還金に対する遅延損害金の支払を求めるものである。

ところで、当事者間に争いのない本案前の抗弁一の事実関係によると、原告は、義郎の相続財産管理人を被告とする前訴において、本訴と同一の権利発生原因事実に基づき、本件建物価額の償還および右償還金に対する遅延損害金の支払を請求し、すでに、右相続財産管理人に対し、右償還金四、七八五、〇〇〇円および内金六六九、〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を義郎の相続財産の限度で支払うべきことを命じた確定の給付判決があることが明らかである。

そして、前訴は義郎の相続財産管理人を被告とするものであるが、これに対する前訴の判決は、義郎の相続人たる本訴の被告らに対しその効力を有するものであるから、本訴請求中、償還金四、七八五、〇〇〇円および内金六六九、〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日以降の年五分の遅延損害金を被告らの相続分に応じて支払を求める部分(すなわち、被告八千代に対する償還金一、五九五、〇〇〇円および内金二二三、〇〇〇円に対する昭和三〇年三月二五日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の請求、その他の被告らに対する各償還金一、〇六三、三三三円三三銭および内金一四八、六六六円六六銭に対する前同日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の各請求)については、前訴における確定の給付判決が存在し、したがって特別の必要がないかぎり、再訴の利益がないものといわなければならない。

この点に関し、原告は、前訴の判決はいずれも被告らの限定承認が有効であることを前提とするものであるが、被告らは民法第九二一条第三号の事由により、単純承認をしたものとみなされるものであるから、相続財産の限度にかかわらず前記償還金の支払義務を負うべきであり、原告は、被告らに対し相続財産の限度にかかわらず右の支払をすべきことを訴求する利益がある旨主張する。

しかし原告主張の償還金等の請求については、前訴で「相続財産の限度で支払え。」という責任限定の判決がされ、右請求権はかかる制限の付着したものとして訴訟上確定したのであるから、原告が本訴で、前訴第二審口頭弁論終結時までに存在したはずの限定承認無効を主張しても、これを審理して前訴判決と異る判断をすることは、前訴判決の既判力により許されないところである。したがつて、原告の右主張は採用しがたい。

してみると、本訴請求中上記の確定判決の存する部分(上記カツコ内の部分)は、訴の利益を欠くから、不適法として却下すべきである。

次に、本訴請求中、訴を却下すべき部分以外の遅延損害金の請求、すなわち、被告八千代に支払を求める金一、三七二、〇〇〇円(本訴請求の金一、五九五、〇〇〇円から前記金二二三、〇〇〇円を差引いたもの)に対する昭和三〇年三月二五日以降の遅延損害金の請求、およびその他の各被告に支払を求める金各金九一四、六六六円六七銭(本訴請求金額一、〇六三、三三三円三三銭から上記金一四八、六六六円六六銭を差引いたもの)に対する右同日以降の遅延損害金の請求について判断する。

当事者間に争いのない前訴の経過によると、原告は、前訴第一審において償還金の内金三、三三一、〇〇〇円(前訴一審請求金額四、〇〇〇、〇〇〇円から認容金額六六九、〇〇〇円を差引いたもの)に対する昭和三〇年三月二五日以降年五分の遅延損害金の請求については、請求棄却の判決を受け、この遅延損害金についての敗訴判決は、控訴の提起なくして確定したことが明らかである。したがつて、右金額に対する遅延損害金は不存在と確定したものであり、前訴の判決は本件被告らにその効力を有する以上、これに反する判断は許されないから、右遅延損害金を被告らの相続分に応じて支払を求める請求部分、すなわち被告八千代に対する、金一、一一〇、三三三円三三銭(前記金三、三三一、〇〇〇円の九分の三)に対する遅延損害金の請求、およびその他の各被告に対する、金七四〇、二二二円二二銭(前記金三、三三一、〇〇〇円の九分の二)に対する遅延損害金の請求は、いずれも理由がない。

しかし、前訴で義郎の相続財産管理人に支払義務があると確定された償還金四、七八五、〇〇〇円の内金七八五、〇〇〇円(前訴第二審判決が支払を命じた償還金四、一一六、〇〇〇円から金三、三三一、〇〇〇円-原告が前訴第一審で棄却され、控除した請求分-を差引いたもの)は、原告が前訴第二審で拡張した請求の一部として認容され、前訴でこの部分に対する遅延損害金の請求がされなかつたことは、前訴の経過から明らかである。そして前訴の判決は、さきに述べたように被告らに対してその効力を有するものであり、前訴の判決で確定された右償還請求権の存否につき右判決と異る判断をすることは許されないから、被告らは、原告に対し、それぞれの相続分に応じ、前記償還金の内金七八五、〇〇〇円に対する遅延損害金をそれぞれの相続財産の限度で支払うべき義務があるとしなければならない。

被告ら主張の時効の抗弁および権利濫用の抗弁は、いずれも前訴の判決で確定された前記償還請求権に関するものであるから、採用するに由ないものである。

してみると、被告らの相続分が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがないから、被告八千代は償還金二六一、六六六円六六銭(前記金七八五、〇〇〇円の九分の三)について、その他の各被告は各償還金一七四、四四四円四四銭(右金七八五、〇〇〇円の九分の二)についてそれぞれ履行遅滞の日以降の遅延損害金を支払うべきところ、被告らに対し本件訴状送達前に支払の催告があつたことを認めるに足りる証拠はないから、被告らは、それぞれ右各償還金に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三九年七月三日から支払ずみまで民事法定利率年五分の遅延損害金をそれぞれの相続財産の限度で支払うべき義務があるとすべきであり、上記の訴を却下すべき部分以外の本件遅延損害金の請求は、右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法第九二条但書、第一九六条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田秀慧 上杉晴一郎 村上光鵄)

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